幼少期からの過敏さと、小4から始まった身体の異変
うちの娘は、幼い頃から絵の才能や圧倒的な観察力を持つ一方で、光や音、味にとても敏鋭で繊細なところがありました。
そんな娘の体に異変が起きたのは、小学4年生の頃です。激しい偏頭痛に襲われるようになり、満足に食事も摂れずガリガリに痩せてしまいました。頭痛外来で薬をもらいながら、なんとか騙し騙し日常を過ごす日々が続きます。
当時は「学校のストレスかな」くらいに思っていましたが、中学で不登校になった際、病院で精密検査を受けて初めて「体位性頻脈」という自律神経の病気が隠れていたことがわかりました。
朝起きられないことや激しい頭痛。それは本人の気持ちの弱さや怠けではなく、幼少期からの過敏さも含めて、体が限界を告げていた悲鳴だったのです。
玄関で泣き崩れた中3の秋と、通信制高校への葛藤
中学に入ると環境の変化から体調の波がさらに激しくなり、中学3年の秋、ついに限界が訪れました。玄関で足が動かなくなり、その場に泣き崩れてしまったのです。
「これ以上、学校に行かせるのは危険だ」
そう察した私は、登校させるのをやめる決断をしました。そして同時に、我が子の命と心を守るための「次の選択肢」として、通信制高校について本気で調べ始めました。
自分のペースで学べる通信制高校は、体調に波がある娘にとって大きな救いになるように見えました。しかし同時に、親としてのリアルな不安も浮かび上がってきました。
幼い頃から興味のないことやタスク管理が極めて苦手な娘にとって、自分で計画を立ててレポートを進める通信制の仕組みは、逆にハードルが高いのではないか。トラウマから校門をくぐるのも難しい状態で、スクーリングに通えるのだろうか。
期待と不安が入り混じる中で、私は通信制高校の資料をめくりながら悩み続けました。
美術高校への進学と、現在も続く体調との付き合い
悩み抜いた末、幸いにも娘は中学時代にいただいた賞が評価され、推薦で全日制の美術高校へ進学することになりました。高校生になった今は、得意な美術に打ち込みながら、将来は日本画の道へ進みたいという明確な目標を持って頑張っています。
もちろん、全日制に通えている今でも体調や単位でハラハラする日はあります。それでも学校側の救済措置などに助けられながら、なんとか踏みとどまっています。
「通信制高校」という選択肢が親の心を救う
結局、我が家は通信制高校へ進学する道を選びませんでした。しかし、あの苦しかった時期に通信制高校を徹底的に調べ尽くしたことは、私にとって間違いなく「心の命綱」になっていました。
「全日制しか道がない」と思い詰めていたら、親である私自身が壊れていたかもしれません。「通信制という道もある」「世の中にはいろんな学び方がある」と知っていたからこそ、壊れそうな娘を焦らせず、ドンと構えて守ることができました。
通信制高校は、全員にとって完璧な魔法の学校ではありません。我が子に合う・合わないは必ずあります。
それでも、我が子の特性や体調に寄り添うために「選択肢を増やしておくこと」は、親の心を救い、めぐりめぐって子どもを守る強固な盾になります。今まさに進路や不登校に頭を悩ませている保護者の方に、この体験が少しでも届いたら嬉しいです。

